Magical Mystery Nara Tour

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日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)
日本書紀(下)全現代語訳 (講談社学術文庫)

当ブログでもたびたび参考文献や引用している、
「宇治谷孟(うじたにつとむ)」氏による現代語訳「日本書紀」である。
宇治谷孟氏は、京都生まれの歴史学者・国文学者で、
晩年、師の志を受け継ぎ「日本書紀」をはじめて現代語に訳した
宇治谷孟(Wikipedia)
世間的には「古事記」の方が馴染みがあるが、
「日本書紀」は「古事記」の10倍の分量の30巻にも及ぶ上、
漢文体の難解さの故に馴染みにくいものとされてきたこともあった。
しかし、本書はそれらを解決した画期的な労作なのである。
物語的な要素が強い古事記より、「日本書紀」は記録の陳列という感じで、
たしかに読み物としてはあまりおもしろくないかもしれないが、
たとえば我々が知っている社寺の縁起なんかにしても、
基本「日本書紀」が元になっている。
実質、奈良の歴史書と言っても過言ではなく、
奈良のことを調べるにしても「日本書紀」の参照は必須になってくる。
本書は、文庫本で上下の2巻に収められ、非常に読みやすく入手もしやすい。
まさに初にして決定版。
ぜひ、一家に一冊は置いておきたいw

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第21代雄略天皇といえば、「たくましさは抜きんでいた」と日本書紀に書かれ、
力強い天皇、または暴君としても描かれる天皇である。
いろんな逸話が日本書紀には描かれるが、
その中でも、最もほっこりする話が、
「小子部スガル」にまつわる話である。

ある日、雄略天皇は、皇后・妃に養蚕をさせようと思い、
臣下のスガルに、国内の「蚕(こ)」を集めるようにと命じた。
しかし、勘違いをしたスガルは「子(人間の子供)」を集めてしまい、
それを見て大笑いした天皇は、スガルにその子供を養育するよう命じ、
小子部連(ちいさこべのむらじ)の姓を賜ったという。


このような話が、国が編纂した正史に載っているのには驚きであるが、
よほど印象のある出来事であったのであろうか。
どうも、スガルはあまり頭は良くなさそうではあるが、
天皇に頼りにされていたようで、ある時は、このような逸話も残る。

天皇は小子部スガルに、「三輪山の神の姿が見たい。お前は腕力が人より勝れている。
自ら行って捕まえてこい」
と命じた。
スガルは三輪山に登り、実際に大きな蛇を捕まえて天皇にお見せしたが、
天皇は身を清めるなど神聖なものに対する行為を行わなかったため、
大蛇は雷のような音をたてて、目をキラキラと輝かせた。
恐れ入った天皇は、目を覆いその姿を見ることもせず、殿中に逃げ隠れたという。
蛇は丘に放たれ、その丘を「雷(いかずち)」と呼ぶようになったという。


その丘こそ、まさに明日香村にある「雷丘」であり、
今も交差点の名前として残り、人々の往来を見守って?いる。
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しかし、にわかには信じられない話ではあるが、
わざわざ正史に書かれているからには意味があるのであろう。
なにかの比喩になっているのか、それともガチかw
蚕と子供を間違えるのもそうであるが、天皇に三輪山の神の姿を見たいと言われれば、
実際に三輪山に登り蛇を捕まえて持って帰ってくるとはw
いわゆる天然ボケといわれるような存在である。
古代のジミー大西といったような感じであろうか。
正史に書かれるほどのインパクトを残す天然ボケ。
まさに人はそれを奇跡と呼ぶのかもしれない。


Jimmy (文春文庫)

■雷丘


■子部神社(すがる神社)


参考文献サイト:
日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)
雄略天皇(Wikipedia)

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