Magical Mystery Nara Tour

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桜井茶臼山古墳出土の木棺初公開(奈良 NHK NEWS WEB)

奈良県桜井市の「桜井茶臼山古墳」の木棺が、この度一般公開されたという。
橿原考古学博物館ではなく、研究所の方なのでお間違いないように。
アトリウム展 「桜井茶臼山古墳出土木棺」展の開催について(橿原考古学研究所)
桜井茶臼山古墳に関しては、宮内庁治定や「記紀」にも出てこない謎の古墳なので、
あまり世間的には知られていないが、知る人ぞ知られる前方後円墳である。
石室内部に大量の水銀朱が塗られていたことで知られるが、
ちなみに水銀朱と日本の歴史の関連性は非常に興味深く、
興味がある人はこちらの本がおもしろいのでおすすめしたい。
奈良の本24「邪馬台国は「朱の王国」だった」
ただ、今回このニュースを見て思い出した注目したいポイントは、
木棺が「高野槇(コウヤマキ)」で作られていることである。
実は近畿地方の古墳の木棺は、ほとんどが「高野槇」で作られているという。
「高野槇」というのは名前からもわかるとおり、一属一種日本にしか産しない木で、
水湿に強く、色が変わらず腐りにくいことから木棺の材にされたと考えられている。
それがなんと、百済の王墓の木棺にも使われているのはあまり知られていない。
因果関係は解明されてはいないが、少なくともわざわざ巨大な「高野槇」を朝鮮半島まで運んでいるのである。
非常に興味深い事実である・・・・。
このあたりのことは、またゆっくりコラムなどで詳しく書いてみたい。

関連記事:
日韓の国宝が海を越えた~半跏思惟像はるかな旅~
コラム93「渡来人の謎」

参考文献:
法隆寺を支えた木 (NHKブックス)

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奈良と言えば、いろんな有名な観光地があるが、
「猿沢池」といえば、トップクラスの知名度を誇るであろう。
あまり、奈良に詳しくない観光客でも、
「猿沢池」という名前は耳にしたことがあることが多いようだ。
その歴史は長く、興福寺が行う「放生会(ほうじょうえ)」の放生池として、
天平21年(749年)に人工で造られた池である。
現在も「放生会」は毎年4月17日に行われている。
放生会(興福寺)

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猿沢池には「采女伝説」や(コラム118「采女伝説の謎」)、
七不思議(水が澄まず、濁らず、出ず、入らず、蛙はわかず、藻は生えず、魚が七分に水三分)
など、逸話には事欠かせないが、
意外とその名前の由来については知る人は少ない。

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実は、猿沢池の近くには野生の猿が1300頭ほど生息しており、
いつしか、興福寺の放生池を「猿沢池」と呼ぶようになったという。
「猿せんべい」は今も奈良観光の定番で、
近年は海外の観光客も「奈良のサル」目当てに多く訪れるようになった。
・・・んなわけない。

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もちろん、ちゃんとした由来があり、
古代インドのヴァイシャーリーという国にあった
「猴池(びこういけ)」が名前の由来だという。
ヴァイシャーリーには、僧が説法をする精舎(寺)があり、
その近くに「猴池」と呼ばれる池があった。
「猴(びこう)」とは、尾の短い種類の猿のことで、
池の周りにはその猿がたくさんいたので、猿池と呼ばれるようになったということである。
奈良の猿沢池には猿はいないが、むしろ「鹿池」と言った方がよいかもしれないが、
ちゃんと仏教に由来しているのは奈良ならではであろう。
ちなみに、奈良にはそのような仏教の聖地がつけられている地名があるのだが、
またそれについてはおいおい書きたい。

関連記事:
コラム35「奈良と猿の関係」

参考画像元サイト:
ゆんフリー写真素材集
猿沢池(Wikipedia)

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