Magical Mystery Nara Tour

独自の視点で奈良の魅力&情報を発信していきます。

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2018年3月24日にオープンした平城宮跡歴史公園に、
さっそく行ってきたので詳しくレポートしたい。
しかし、県が運営する「天平」が冠に付くエリアは、
こちらのサイトでめちゃくちゃわかりやすく紹介されていてやる気が失せたのでw
世界遺産「平城宮跡」に新施設がオープンしたので、おススメなポイントを紹介!!(行雲流水)
国が運営する「平城宮いざない館」の方を紹介したい。
いわば、こちらが総合資料館のようなものでメイン会場といえよう。

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公共交通機関(バス、タクシー)、自家用車で来ようが、
一度はこの西の駐車場のあるエリアに着くことになる。
駐車スペースは思っていたよりは小さい印象で、50台ほどの収容であろうか。
1時間200円の有料である。

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復元された道幅73mの朱雀大路は壮観。
道を渡れば「平城宮いざない館」だ。

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外観と入り口。モダンかつ景観を損なわない感じ。

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近くには、棚田嘉十郎の銅像。
決して、近くを走る近鉄電車に「出発進行!」しているわけではないw
氏は、明治から大正にかけて、まさにこの平城宮跡の保存、顕彰に尽くした人で、
今こうして我々が平城宮跡を体感できるのは氏のおかげなのである。
棚田嘉十郎 - Wikipedia

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内部はこのようになっており、「①平城宮跡の今」「②平城宮のようす」
「③往時のいとなみ」「④時をこえて」展示室は4つにわかれており、
平城宮跡の今昔がわかる構成となっている。

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「①平城宮跡の今」は、その名のとおり現在の平城宮跡の様子や、
これから復元していく大極殿前の「南門」の整備計画のパネル展示などがあり、
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ご丁寧に野鳥の説明まであるw

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「①平城宮跡の今」から、次の「②平城宮のようす」の展示室へはつながっており、
当時、平城宮の南3.8km先にあった羅城門から朱雀門への道をイメージした通路を進む。
通路の壁には、出勤する役人たちの様子の絵がかかれており、
いろいろな愚痴などを見ることができるw
このような役人の日常的なことは、大量に発見された木簡などによってわかったものである。
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朱雀門到着w
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1/200サイズの平城宮の模型。
前方のモニターの映像と照明が連動していたりして、なかなかのハイテクぶりだ。
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模型が虫食いのようになっているのは、
まだ未発掘で詳細がわかっていないエリアだからだそうだ。
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しゃがむとこのような穴から覗けるようになっており、
臨場感のある模型を体感することができる。
さすがに近鉄のNゲージなどは走っていないw

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「③往時のいとなみ」は、古代の建築技術や儀式、宴会、
役人の仕事を学び体験できる展示となっている。
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入って目の前にあるのは、「第一次大極殿」の復元に際してつくられた1/5の構造模型だ。
奈良文化財研究所に保管されていたものが特別に展示されている。
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右手には、当時の料理や、食材がどこから送られてきていたか産地を知れるコーナー。
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木簡がどのように付けられていたかというのが非常にわかりやすい展示だ。
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奥では、大極殿を前にして「朝賀の儀」の体験できるようになっている。
朝賀とは、毎年元旦に天皇を前に皇太子以下、文武百官(役人)が整列し、
拝賀(お祝いの言葉を差し上げる)を行った儀式のことだ。
右手に見えるモニターでは、クイズができるようになっていて、
なんやら自分の顔を映像に取り込んだりとか凝ったつくりになっていた。
私は恥ずかしいのでやならなかったがw、修学旅行生など学生向きであろう。
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こちらは、木簡づくりが体験できるコーナー。
といっても、こちらもデジタルで液晶を使って木簡づくりが出来るようになっていた。

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最後、「④時をこえて」は、出土したものを展示するコーナーで、
考古学的に見る平城京、および平城宮跡である。
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こちらは「木樋(もくひ)」という当時の排水溝で、
実際に遺跡から発掘された本物が展示されている。
元は、藤原京の柱に使われていたものがリサイクルされているという。
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平城京の寺院に使われていた瓦を条坊上(地図上)に配置したディスプレイ。
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壁掛け状に展示される「長屋王」邸宅の模型。
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なんとこれはおまるw
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うんこも考古学では貴重な資料だ。
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「いざない館」の入り口でも紹介した棚田嘉十郎と北浦定政に関する資料。
北浦定政は、幕末に平城宮跡や山陵を研究した学者で、
いわば、この平城宮跡のパイオニア的存在である。
当時、ただの田園と化していた平城宮跡を自らの足で歩き測量し、
地名などを頼りに平城宮の復元平面プラン「平城宮大内裏跡坪割図」を作成した。

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その他、企画展示室や多目的室などもあり、
当たり前だが、とにかくキレイ!w
展示資料も充実しており、ゆっくり見れば結構な時間がかかると思われる。
ゆったりしているので休憩するもよし、資料でしっかり学ぶもよし、
今後、新たな奈良市内の観光拠点となりにぎわっていくことであろう。


■平城宮いざない館(平城宮跡歴史公園内)
住所【奈良県奈良市二条大路南4丁目1】
開館時間【10:00~18:00(入館は17:30まで) 夏季6月~9月10:00~18:30(入館は18:00まで)】
休館日【2月、4月、7月、11月の第二月曜日(祝日の場合は翌日) 年末年始(12月29日~1月1日)】
拝観料【無料】
電話番号【0742-36-8780
駐車場【あり(有料)】
HR【https://www.heijo-park.go.jp/

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葛城市にある柿本神社では、
4月18日に一風変わった名前のお祭りが行われる。
それが、「ちんぽんかんぽん祭」である。
決して、「ちんぽこちんちん祭」などと言い間違えてはならない。

冗談はさておき、
柿本神社は、「柿本人麻呂」を祀る神社であり、
宝亀元年(770年)石見で没した柿本人麻呂の亡がらをこの地に葬り、
傍らに神社を建立したのが始まりとされる。
その人麻呂の命日とされる4月18日に豊作を祈り行われるのが、
上記の呼び名のお祭りであり、
かつてお祭りで打ち鳴らされた太鼓や鈴、笛の音を擬音語で表したのが、
祭りの名称になったといわれている。
これが本当の「ぎおんまつり」であろう。
奈良にはこのような「ぎおんまつり」は多々あり、
天理市の大和(おおやまと)神社の「ちゃんちゃん祭」
橿原市の畝傍山口神社「でんそそ祭」などが知られる。
現在では、音を打ち鳴らすようなことはないようであるが、
毎年、「ちんぽんかんぽん祭」は粛々と執り行われている。
柿本神社(ちんぽんかんぽん祭)-神道祭祀探訪記

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柿本神社は、近鉄新庄駅の真横といってよい場所にある。

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私のように卑猥な言い間違いをする人へ特別警戒であろうか。

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本堂には、三十六歌仙の扁額が掲げられている。

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境内には歌碑「春楊(はるやなぎ) 葛木山に たつ雲の 立ちても坐ても 妹をしそ思ふ」と、

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大和郡山藩主松平信之が天和元年(1681年)建てたという人麻呂の墓がある。

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境内には「影現寺」という寺が隣接しており、
弘法大師空海の直弟子である真済上人によって開かれた寺院という。
一説には真済上人は柿本人麻呂と又従兄弟の関係にあると言われており、
柿本人麻呂を弔うために、柿本神社を護る神宮寺として建立されたという。
ここにもあった神仏習合の名残りである。


■柿本神社(影現寺)
住所【奈良県葛城市柿本161】
駐車場【なし】
HP【http://www.yougenji.jp/index.html

参考サイト:
柿本神社のちんぽんかんぽん祭(葛城市HP)

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