Magical Mystery Nara Tour

独自の視点で奈良の魅力&情報を発信していきます。

「古事記」を、登場人物の紹介という切り口で解説する神シリーズ。
第7回目は、「オオクニヌシ」


大国主神(オオクニヌシノカミ)
【国作りと子作りに励んだ神】

国作りの神。
スサノオの息子。
かなり天然系であるが、その純粋さ故に「地上の国作り」という宿命を背負う。
80人?いたスサノオの息子の末っ子。
アニキの荷物持ちなどをさせられ、影の薄いいじめられっ子のような存在だったが、
訪れた因幡の地で、傷ついた「白ウサギ」を助けることで逆転人生が始まる。
現在は、縁結びの神として拝まれるオオクニヌシであるが、
古事記では相当な女たらしモテ男として描かれる。
美しい女がいると噂にきけば東北まで出向き、それはもう、出会う女性かたっぱしから。
人はそれを、裸の大将と呼んだ。

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今年は、高野山開祖1200年祭とのことで、
テレビや雑誌でもかなり取り上げられ、
お恥ずかしながら、あまり高野山に詳しくなかった僕も相当勉強することが出来た。
そして、空海、真言密教というものが、
だいたい理解できた。
今までよく知らなかった人間が、
いきなり高野山を理解できたなどと、お叱りをうけるかもしれないがw
誰でも理解(体感)することができる。それが空海の真言密教の真髄と言える。
奈良時代までの仏教は、非常に高度な哲学のようなもので、
エリートだけが理解できる学問であった。
しかし空海は、一部のエリートだけが仏の道に進めるのではく、
誰でも修行することによって、生きたまま仏になれると説いたのであった。

頭で考えるだけでは、高野山は理解できない。
やはり訪ねてみないといけないと思い、高野山を目指した。
初めてではなかったが、しっかりと空海を意識して訪れるのは初めてである。
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壇上伽藍。
空海は唐に留学し、当時最先端だった真言密教を学び帰路に就く。
唐から三鈷杵投げ、その三鈷杵が落ちていた場所が、
この壇上伽藍の場所であったと言われる。
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空海が唐で気付いたことは、若き日、吉野の自然の中で修行した修験道が、
実は自分の求めていた真言密教であったということであった。
厳しい修行によって、限界まで体と精神を追い詰め、
死を感じることで、生きるということを感じ、
生命の真実に辿りつくのが、真言密教である。
その厳しい修行の場に、自然と一体になれる高野山を選んだのだ。
ちなみに、高野山という山は存在しない。8つの山からなる、高地に出来た盆地を高野山と呼ぶ。
高野山に開かれた真言密教は、ある意味、神仏習合の究極の進化形だったと言える。
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事実、伽藍内には「高野明神」を祀る神社も存在する。
日本の八百万の神に敬意を示しながら、仏法を極める。
空海のただならぬこだわりと、神に対する敬意を感じることができる。

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壇上伽藍のメインの建物大多宝塔。
高さ48mのこの大宝塔、東大寺の大仏殿とほぼ同じ高さは驚きだ。
多宝塔の独特の姿は、インドの釈迦の墓である、ストゥーパに屋根をつけた、
日本独自のものであると言われる。
内部は大日如来を本尊に、立体曼荼羅を展開する。
曼荼羅とは、真言密教の世界観を絵にしたものである。
空海は、仏教の世界を、文字であらわす経典ではなく、わかりやすい絵として表現した。
これは、ハリーポッターの関係で考えるとわかやすい。
経典は原作の小説、曼荼羅は実写映画、
そして、立体曼荼羅は、
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USJの「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」と考えることができるw

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元は豊臣秀吉が作った「青厳寺(せいがんじ)」であったが、
現在は空海を祀る真言宗の総本山「金剛峰寺(こんごうぶじ)」。
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石庭では最大という庭が素晴らしい。
訪れた時は、まだ真夏日の続く日で、下界では37℃ぐらいあった日であったが、
高野山はそれより10℃は低く、とても涼しく過ごしやすかった。

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お昼は、「中央食堂さんぼう(食べログ)」というところで頂いた。
やはり、高野山と言えば精進料理。
手軽な値段で食べることが出来、とてもおいしかった。

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高野山を、さらに奥に進むと、
空海が今もいるとされる、奥の院に行く。
奥の院の地は、弥勒菩薩が56億年先に下生(戻る)する地と信じられ、
空海は、体は朽ちて滅びようとも、魂は56億年先まで人々のために祈り続けると誓った。
そしていつしか、空海と共にそのときを待ちたいと、数多くの墓がこの地に作られた。
道中には、歴史上の武将などの墓も並び、
いかに、高野山(=空海)の信仰が厚かったのかがわかる。
その信仰は、現代にまで続き、企業のお墓?慰霊碑がたくさん並ぶ。
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ヤクルトの墓?
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ロケットの慰霊碑もあった。

空海のたどり着いた真理。
それは、生きろというシンプルなメッセージではなかったのだろうか。
故に1200年も、空海への信仰カリスマ性は続き、人々は高野山を目指した。
そして、きっと、それは永遠に続く。
なぜなら、生きることはつらいから。
つらくないなら、来なくてよいだろうw

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