Magical Mystery Nara Tour

独自の視点で奈良の魅力&情報を発信していきます。

奈良に来たならぜひ見るべき仏像と、
その魅力を発信していく「奈良仏像のすゝめ」。
今回ご紹介するのは、安産寺の「地蔵菩薩立像」

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安産寺は、奈良県宇陀市室生三本松中村地区にある寺である。
正確には、無住寺で中村地区の自治会の方らが運営しているのだが、
こんな田舎のひっそりとした小さなお寺に、
国宝級の仏像が安置される寺院として知る人ぞ知られる。
また、地蔵菩薩がこの地にやってきたという由来も伝説級で知られる。
安産寺の下の国道線沿いには宇陀川が流れているが、
地蔵菩薩立像はその川に流れ着いたのだという。
安産寺でいただけるパンフレットによると、

「その昔々、時ならぬ豪雨で宇陀川が増水した時、上流より流されて、安産寺の対岸にある海神社脇に流れ着いた。村人達は驚き慌ててお救いした処余りにも優しくて美しいお姿にみとれつつ。安置する場所を求めて集落へとお運びして来たが、にわかに足が進まなくなり「ああシンド(辛く苦しいの意)」と腰を降ろしたその時、仏像も「ここからは何処へも行きたくない」とのご尊顔を感じ取った村人達は、この場所にお像を祀れと言う御託宣(お告げ)ではないかと悟り、早速そこに堂(新堂)を構えてお祀りしたのが子安地蔵菩薩本堂(のちに安産寺と改名)である」

にわかには信じられないような縁起であるが、
実はこの上流よりというのがポイントで、
安産寺のある場所から上流にあるのは、あの室生寺である。
かつて、安産寺のあたりには室生寺の末寺「正福寺」があったといい、
おそらくなんらかの理由で末寺に仏像が運ばれたと考えられる。
その際に、船で運ばれてきたので"川に流れ着いた"という、
縁起が生まれた可能性もあるという。もちろん、すべて推測である。
かくして、室生寺から離れた地蔵菩薩像であったが、
室生寺に戻ることはなく、数奇な運命をめぐり、
いつしか中村地区の村人たちの守り本尊として信仰されていった。
とてつもなく立派な地蔵菩薩像でありながら、優しいお顔をしていることから、
当時の人の最も強い願いだった安産の守り本尊として信仰されていき、
いつしか子安地蔵と呼ばれるようになり、
それを安置する寺のことも安産寺と呼ぶようになったという。

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安産寺の地蔵菩薩像が室生寺の地蔵菩薩像であったかどうかということは、
室生寺に残る光背と大きさがピッタリ合うことや、
彫刻の技法の特徴から、室生寺の諸仏であったのは間違いない。
独特の衣の皺の表現は、翻波式(ほんぱしき)、または漣波式(れんぱしき)とも呼ばれ、
まさに現在の室生寺の本尊釈迦如来立像に見られる技法で、
同時期、同仏師によって作られたことは疑いようがない。
室生寺だと近くで見れないので、そのあたりの特徴までは、
なかなかしっかりとは確認できないが、安産寺では間近で見れるので、
その存在感は圧倒的である。

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ぜひ、奈良の見るべき仏像ではあるが、
安産寺は住民が管理する寺院で、常時拝観できるような観光寺ではない。
予約必須で訪れる必要がある。
専用電話【090-3268-5859】三本松中村自治会
日によっては不可の日もある(地区で他の行事がある日だとか)。

そして、今年(2020年)は、この数奇な運命をたどった地蔵様の逸話が、
ミュージカルとして公演されるという。
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声高らかに命の大切さ伝える ミュージカル「川を流れてきたお地蔵さん」(産経)
(公演についての問い合わせは、実行委(0742-27-3030、火・水・金曜)
今年は、安産寺の地蔵さま元年になることであろうか。

■仏像DATA
名前【子安地蔵菩薩立像】
場所【安産寺(MAP)】
製造時期【平安時代】
技法・材質【一木造り・カヤ】
像高【177cm】
指定【重要文化財(旧国宝)】

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2月3日は、日本人なら誰でも豆まきで知る「節分」である。
元は、宮中で始められたものといい、
奈良の各地の社寺でも「追儺式(ついなしき)」として鬼払いが行われる。
実際に鬼が現れる興福寺、法隆寺、金峯山寺は有名だ。

追儺会(東金堂) - 興福寺 
法隆寺 追儺式 
金峯山寺 節分会・鬼火の祭典

なぜ鬼に豆を投げるのか、
鬼の姿の謎
などは以前に書いた上記コラムにあるので、
ぜひ読んでいただきたい。
奇しくも今、新型コロナウイルスが猛威を振るっている。
邪悪なものは払いたいものだ。

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