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南都銀行といえば、奈良県の地方銀行であるが、
奈良県人であれば、ほぼ全員口座を持っていると言っても過言ではない。
本店は、奈良市の三条通内にあるが、ギリシャ神殿のような重厚な建物で、
歴史を感じられずにはいられない趣がある。
南都銀行は、昭和9年に県内の銀行が合併し、南都銀行と名前になったそうだ(Wikipedia
南都銀行の看板は、奈良のどこに行っても見られ、観光客の方が目にすることも多いであろう。
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しかし、あまり知られていないのが、その名前の由来である。
南都銀行の「南都(なんと)」とは、
昔、奈良が南都と呼ばれていたことからに起因する。
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(奈良市役所、平城京模型)
奈良の平城京は、今から1300年前の日本の首都であった。
国際色豊かで、日本が外国の文化を吸収し発展しようとした時代であったと思う。
私は、飛鳥時代から奈良時代の流れは、
幕末から明治維新の流れにも近いものがあると思っているが、
奈良時代において、近代化の大きな要素となったのが、仏教という存在であった。
しかし、奈良時代に大きく栄えた仏教文化は、巨大な寺院も生み、
それらの寺院に墾田(私有地)を与えられたことから財(土地)が集中する結果となり、
その勢力が政治に介入することも恐れた桓武天皇は、都を奈良から京都へ移し、
既存の仏教を切り離す政策をとった。
本来であれば、都が遷る場合は、寺院も移動するのが慣例であったはずなのだが、
奈良から京都はそうはならなかった。
結果として、奈良からは都市機能はなくなることになったが、
大寺院は多く残され、宗教都市としての機能は残ることとなる。
そして、北の都である北都(京都)から見て、
奈良は南の都、南都と呼ばれることになったのだ。
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今となれば、桓武天皇の政策は奈良にとっては良かったことだが、
そのような歴史的な言葉を、奈良の地方銀行の名前にした人はセンスがあると思うし、
気付かずとも、奈良の人が毎日のように「南都」という言葉を使っていることもおもしろい。
かくゆう私も、南都銀行がメインバンクであるし、よく利用させていただいている。
しいて要望を言わせていただければ、
奈良県人の最も利用率の高い銀行であるにも関わらず、イオンなどのATMの数が少なく、
いつも南都銀行だけ行列になっていることだw
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これだけは、私も参ってしまう。
なんとかならないものだろうか。

参考文献:
奈良時代一周~まほろばを歩く

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