Tennō_Yūryaku_detail
第21代雄略天皇といえば、「たくましさは抜きんでいた」と日本書紀に書かれ、
力強い天皇、または暴君としても描かれる天皇である。
いろんな逸話が日本書紀には描かれるが、
その中でも、最もほっこりする話が、
「小子部スガル」にまつわる話である。

三月七日、天皇は后・妃に桑の葉を摘みとらせて、養蚕を勧めようと思われた。
そこでスガルに命ぜられて、国内の「蚕(こ)」を集めさせられた。
スガルは勘違いをして、「嬰児(えいじ)」を集めて天皇に奉った。
天皇は大いに笑われて、嬰児をスガルに賜わって、「お前自身で養いなさい」といわれた。
スガルは
嬰児を宮の垣の近くで養育した。
よって、姓を賜わり「小子部連(ちいさこべのむらじ)」とした。

日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫) 293p 小子部スガル)

このような話が、国が編纂した正史に載っているのには驚きであるが、
よほど印象のある出来事であったのであろうか。
どうも、スガルはあまり頭は良くなさそうではあるが、
天皇に頼りにされていたようで、ある時は、このような逸話も残る。

七年秋七月三日、天皇は小子部連スガルに詔りして、
「私は三輪山の神の姿を見たいと思う。お前は腕力が人に勝れている。
自ら行って捕まえてこい」
といわれた。
スガルは、「ためしにやってみましょう」とお答えした。
三輪山に登って大きな蛇を捕まえてきて天皇にお見せした。
天皇は斎戒されなかった。大蛇は雷のような音をたてて、目はキラキラと輝やかせた。
天皇は恐れ入って、目を覆ってご覧にならないで、殿中にお隠れになった。
そして、大蛇を丘に放たせられた。改めてその丘に名を賜い「雷(いかずち)」とした。
日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫) 293p
 小子部スガル)

その丘こそ、まさに明日香村にある「雷丘」であり、
今も交差点の名前として残り、人々の往来を見守って?いる。
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しかし、にわかには信じられない話ではあるが、
わざわざ正史に書かれているからには意味があるのであろう。
なにかの比喩になっているのか、それともガチかw
蚕と子供を間違えるのもそうであるが、天皇に三輪山の神の姿を見たいと言われれば、
実際に三輪山に登り蛇を捕まえて持って帰ってくるとはw
いわゆる天然ボケといわれるような存在である。
古代のジミー大西といったような感じであろうか。
正史に書かれるほどのインパクトを残す天然ボケ。
まさに人はそれを奇跡と呼ぶのかもしれない。


Jimmy (文春文庫)

■雷丘


■子部神社(すがる神社)


参考文献サイト:
日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)
雄略天皇(Wikipedia)

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