
「菊水楼」は、明治に開業した奈良を代表する料亭である。
興福寺の南側、三条通の春日大社一の鳥居の前に建ち、
通りがかる観光客、特に最近は外国人の観光客が立ち止まるのをよく見かける。
ランチ営業も行っており、メミューが入口の門のところに掲示してるが、
値段を見て素通りしていく人も多いw
和の昼食メニュー(菊水楼)

菊水楼の建物は重厚な趣だが、それもそのはず、
菊水楼があるあたりはもともと興福寺の境内だった場所である。
興福寺は、明治維新とともに神仏分離令と廃仏毀釈の運動で廃寺寸前まで追い込まれ、
五重塔が当時の価格で50円で売りに出されたという話は有名であるが、
当時、大和郡山の藩主・柳沢家の御用商人でもあり、
「菊屋」という旅籠(旅館)を経営していた岡本家の当主が状況を憂い、
興福寺の宿坊であった「興善院」を土地と共に買い取り、
二階建てに改築し、明治24年に菊屋奈良支店としてオープンした。

菊水楼という名前については、
さすが奈良だけに皇室に所縁・・なんて思われてしまうかもしれないが、
これは菊水楼の正門(表門)の由来に起因している。
菊水楼の表門は、奈良の柳生の円成寺の塔頭から移築されたもので、
これも廃仏毀釈の運動で円成寺が廃寺寸前に陥った際、
岡本家の当主が買い取り移築したものだそうだ。
その円成寺の塔頭に祀られていたのこそ、「小楠公(しょうなんこう)」こと、
「楠正行(くすのきまさつら)」。
楠木家の家紋であった「菊水」にちなみ、
菊水楼と料亭の名にしたのだという。
間接的には、皇室と関わりがあるとも言えるであろうか。
奈良だから許されるのであろうw

重厚な趣きの玄関土間。

お箸。
参考文献サイト:
奈良の昔話〈その4〉「条坊制の町割に綴られた物語」
菊水楼(奈良の名所・古跡)
楠木正成の菊水の家紋(歴史上の人物.com)
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