Magical Mystery Nara Tour

独自の視点で奈良の魅力&情報を発信していきます。

カテゴリ: コラム

Tennō_Yūryaku
「万葉集」全二十巻の巻頭歌は、雄略天皇の求婚の歌でしられる。
当時は、相手に名前をきけばそれはプロポーズを意味した。
「君の名は」!!??

「籠もよ み籠持ち 掘串もよ み掘串持ち この岡に 菜摘ます子 
家告らせ 名告らさね そらみつ 大和の国は 
おしなべて 我れこそ居れ しきなべて 我れこそ居れ 
我れこそは 告らめ 家をも名をも」


現代語訳
「籠も、良い籠を持ち、掘串も、良い堀串を持ち、この岡で若菜を摘んでいる娘さん。
家がどこか言いなさい、名前を言いなさいな。この広い大和の国は、
ことごとく私が従えているのだが、すみずみまで私が治めているのだが、
この私にこそは教えてくれるでしょうね、あなたの家も名も」


万葉集のはじまりが、雄略天皇のナンパ!?というのには驚きだが、
縁起が良いと考えられたのであろう。
今も昔も、男女が名前を求めるのは人の心を捉えるのであった(震え声)


参考文献:
万葉集 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

スポンサーリンク

DSC_0951
クリスマスといえば、キリストの誕生日として日本では浸透し、
今や、冬の風物詩としてなくてはならないものになっている。
日本は飛鳥時代以降、もともと八百万の神々を信仰する神道の国であったが、
仏教が伝来することにより、それらと「神仏習合」する道をとってきた。
キリスト教とて例外ではなく、恋人たちの聖なる夜(男女習合)
と解釈することで、整合性を取ってきたといえる。
しかし、実はそもそも12月25日のクリスマスというのは、
キリストの誕生日であるという記述は聖書にはなく、
キリスト教がドイツや北欧へ広がる過程で現地の多神教を取り込んだものであって、
太陽の復活を祈る冬至がもとの姿だということは知られていない。

DSC_4399
たしかに、よく考えてみたらイエス・キリストはユダヤ人であり、
キリスト教は砂漠で生まれた宗教である。
なぜ故に、雪国のトナカイとモミの木のクリスマスツリーが出てくるのか。
モミの木など常緑樹は、冬場でも枯れないことから生命の象徴とされ、
元は、古代ゲルマン民族の「ユール」という冬至の祭りで使われた樫の木だ。
また、サンタクロースは北欧神話の年神(としがみ)のような存在が元になっているという。
日本で冬至というと、夜の時間が長くなるぐらいであまり実感がないが、
極寒の雪国では、まさに太陽が消えてなくなるかもしれない時期と考え、
その復活を願う太陽信仰とキリスト教が融合した結果なのである。
そういう意味では、日本においてクリスマスが、
キリスト教とは関係なく、なんだかめでたい日ということでw
浸透したのは不思議なことではない。
しかし、日本人は忙しい民族だw
家の中に神棚があり、仏壇があり、クリスマスツリーがあるというのは、
考え方によっては世界でもっとも平和な宗教観かもしれない。
近年では、秋の収穫祭のハロウィンも定番化しようとしていて何が何だかという状態だが、
収穫祭は、日本人にとっても大切なものなので根付く土台はあったといえる。
ただ、日本には古来から「新嘗祭」という大切な収穫祭があるので、
私は個人的には、日本にハロウィンは必要ないかと思うが・・・。
コラム29「新嘗祭」

関連記事:
コラム69「百済観音はキリスト像?」

参考文献サイト:
教科書では教えてくれない イエス・キリストと神武天皇 茂木誠が世界の五大宗教を講義する (Knock the Knowing)
クリスマスツリー(Wikipedia)
サンタクロース(Wikipedia)

スポンサーリンク

↑このページのトップヘ